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長距離通信対応(LE Coded PHY, Long Range)BLEモジュールLINBLE-LR1の通信距離性能評価

こんにちは、ムセンコネクトCMOの清水です。(プロフィール紹介はこちら

今回は長距離通信対応BLEモジュールの通信性能評価に関するご報告です。

目次

なぜ通信性能評価を行ったのか?狙いは?

ムセンコネクトはBluetoothのv5.0から採用された長距離通信機能であるLong Range(LE Coded PHY)に対応したBLEモジュールLINBLE-LR1を開発し、様々なシチュエーションにおける通信性能評価を行いました。

Long Range(LE Coded PHY)対応BLEモジュールLINBLE-LR1

これまでLong Range対応のBLEモジュールに関して、「理論上(規格上)はこれくらい飛ぶ」という計算値であったり、良好な環境下における最大通信距離性能に関する報告はありましたが、BLEモジュールを選定するメーカーエンジニアの皆さんが知りたい情報は「これくらい飛ぶはず」という理想的なデータではなく、「実際に自分が使いたい環境ではどれくらい飛ぶのか?」という実践的なデータではないでしょうか。

いくら良好な環境下では長距離通信できたとしても、無線通信させたい環境がいつでも良好な環境であるとは限らず、「実際に使われる環境ではどれくらい飛ぶのか?」という生のデータこそが重要だと考えます。

そこでムセンコネクトはLong Rangeに対応したBLEサンプルモジュールLINBLE-LR1(以下、LR1)を製作し、良好な環境下における最大通信距離の評価はもちろんのこと、遮蔽物があったり外的要因に左右されがちな市街地での通信や、建物の異なる階数間での通信(高さ方向)、屋内で壁を隔てた部屋間での通信など、実際にBLEモジュールの利用が想定される様々なシチュエーションで通信性能評価を行いました。

また、通信距離は長ければ長いほど良いというわけではなく、消費電流や通信速度とトレードオフとなりますので、今回はLong Range対応モジュールで消費電流と通信速度の評価も行いました(データが多いため消費電流と通信速度は後日別記事にまとめます)。

今回目指したのは「理論的にはおそらくこうなるだろう」ではなく、実際にやってみることで「実際にやってみたらこうでした」という「使えるデータ」です。無線デバイスの開発においては、実環境で通信評価を行うのが大前提ではありますが、もし貴社の使用環境に近しいシチュエーションの評価結果があれば、参考にしていただけるのではないかと思います。

なお、今回開発したLINBLE-LR1は量産化未定ではありますが、2022年春頃にエンジニアリングサンプルをリリース予定です。

評価したシチュエーション・評価方法について

今回は下記のような5つのシチュエーションで通信距離性能評価を行いました。順を追ってご紹介します。

Case①直線の見通しが確保できる場所での通信(岩手県営運動公園内歩道)
Case②直線の見通しが確保できる場所での通信(繋大橋・橋上)
Case③屋外・住宅地での通信
Case④屋内での通信
Case⑤高層ビルの高層階と地上間での通信(地上18階高さ72m)

評価方法や実施条件について

基本となる評価方法は下記の通りです。

  • LINBLE-LR1同士での通信(または比較のため、LINBLE-Z1同士やZEAL-S01同士も実施)
  • 各種パラメータや設定等は各評価シチュエーションに合わせて変更
  • 各シチュエーションで通信を行い、シチュエーションごとの通信成功率を算出(例えば試行回数10回の内、通信成功が8回、通信失敗が2回だった場合の通信成功率は80%とする)

各種評価は評価方法や実施条件が重要です。本来であればそれらを詳しくご説明した上で各評価結果をご紹介するべきですが、今回の評価データはボリュームが多く、みなさんが知りたいのも「結果」だと思いますので、まずは評価結果を先にご紹介し、各種評価方法や実施条件の詳細は本ページの最後に記すことにいたします。

また、ウェブ公開に合わせて評価結果についても一部割愛しています。もし気になる箇所や詳細を知りたい方がいらっしゃいましたら、ムセンコネクトまでお問い合わせください。

Case①直線の見通しが確保できる場所での通信(岩手県営運動公園内歩道)

まず評価を行ったのは、通信性能の「基準」となる「直線の見通しが確保できる場所での通信」です。良好な環境下で通信を行うことで、最大通信距離が計測できることを期待しました。

Case①計測場所

岩手県営運動公園内の直線道路で計測を行いました。道路の脇には街路樹がありますが、デバイス間の通信経路に遮るものはありません。

Case①計測結果

まずはLINBLE-LR1の3つのPHY(1M PHY / 2M PHY / LE Coded PHY)ごとに通信距離を計測しました。
(LINBLE-LR1同士で通信を行い、双方のLINBLE-LR1は同じPHYに設定)

比較a)LINBLE-LR1のPHYの違いによる通信距離比較(1M PHY / 2M PHY / LE Coded PHY)
  • 同じLINBLE-LR1でもPHYによって通信距離性能が異なり、2M PHY < 1M PHY < LE Coded PHYの順に通信距離が長くなる結果が得られました。
  • 通信確認できた最大距離はLE Coded PHY時の330mでした。ただし、通信成功率は10%以下と低く、210mを超えると通信エラーが見られるようになりました。
  • 今回行った計測においては「安定した通信ができた距離は210mまで」と言えます。

次に同環境にて、LINBLE-Z1(1M PHY)同士の通信距離を計測しました。

比較b)LINBLE-LR1(+8dBm / 1M PHY)とLINBLE-Z1(+4dBm / 1M PHY)の通信距離比較
  • LINBLE-Z1はLE Coded PHYに非対応であるため、同じ1M PHYの計測結果を比較すると、同じ1M PHYでもLINBLE-LR1の方が通信距離が伸びていることがわかりました。
  • これはLINBLE-Z1のTx Power(通信最大出力)が+4dBmに対し、LINBLE-LR1は+8dBmであることが要因と考えられます。

最後に同環境にて、Bluetooth ClassicのClass1モジュールであるZEAL-S01の通信距離を計測しました。
(ZEAL-S01同士での通信)

比較c)LINBLE-LR1(LE Coded PHY)とZEAL-S01(Classic Class1)の通信距離比較
  • LINBLE-LR1(LE Coded PHY)とZEAL-S01(Classic Class1)の計測結果と比較すると、圧倒的にLE Coded PHYの通信距離が長いことがわかります。
  • モジュールのチップアンテナが異なるため単純比較はできないものの、+17dBmのZEAL-S01に対しLINBLE-LR1は+8dBmであり、その点を考慮してもLE Coded PHYの通信距離性能は飛躍的に向上していることがわかります。

Case①の計測においては、どのモジュール、どのPHYにおいても最長通信距離の手前で通信成功率が不安定になることが確認できました。よって通信成功率が低下する前までの距離が「安定して通信できる距離」と捉えるのが良いと考えます。

Case②直線の見通しが確保できる場所での通信(繋大橋・橋上)

次に、直線の見通しが確保でき、且つ周囲に反射物など何もない環境下で計測を行いました。

Case②計測場所

岩手県内の繋大橋の直線道路上で計測を行いました。ペリフェラル側、セントラル側の両モジュールはどちらも橋の上にあり、見通しが確保できています。欄干はあるものの、運動公園の街路樹ほどの高さはなく、電波が反射しづらい環境です。

Case②計測結果

  • 通信確認できた最大距離は240m地点であり(成功率30%)、250m以上では1度も通信を確認できませんでした。同じく直線の見通しが確保できていた運動公園の結果と比較すると、通信距離が短くなる結果となりました。
  • 繋大橋でも直線の見通しは確保できていましたが、橋上では運動公園の街路樹のような「電波を反射させる反射物」がなかったため、通信距離が伸びなかった可能性が考えられます。
  • 以上、Case①と②の結果から、直線の見通しが確保できることに加え、適度に電波を反射させる「反射物」があった方が通信距離が伸びる場合があると考えられます。
  • また、たとえ直線の見通しが確保できていたとしても、その他周辺環境によって通信距離は影響を受けることがわかりました。実際の通信環境下で評価を行うことの重要性を裏付ける結果となりました。

Case③屋外・住宅地での通信

続いて、BLEモジュールの利用が想定される環境の一つである屋外・住宅地で計測を行いました。

屋外・住宅地は建物が遮蔽物になり得る上、無線LANや業務用無線がそこかしこで利用されている環境でもあり、通信環境としてはあまり良好な条件とは言えません。そのような環境での通信への影響を確認しました。

Case③計測場所

オフィス建物の駐車場に定点(ペリフェラル側LINBLE)を設置し、観測ポイント(セントラル側)はオフィス建物を取り囲むように周囲22ヶ所に設定しました。定点と各観測点間の通信可否を計測しました。

×印の駐車場を定点とし、周囲22ヶ所との通信可否を計測

Case③計測結果

計測の結果、定点との通信が確認できたのはポイント5, 6, 7, 8, 15, 22の6ヶ所のみでした。

通信確認できたのは黄色い丸がついた6ヶ所のみ

通信が確認できた6ヶ所はいずれも定点から直線の見通しが確保できていた場所であり、定点との間に建物などの障害物が遮ってしまう残りの16ヶ所では通信成功率0%という結果に終わりました。

通信できなかったポイント例

参考までに、通信できなかったポイントは以下のようなシチュエーションでした。

定点から建物を隔てた真裏に位置するポイント10では通信が確認できませんでした。建物に電波を遮られてしまうと直線距離42mでも通信できないことがわかります。

ギリギリ見通しが確保できていたポイント5では通信できましたが、そこからさらに離れたポイント4では通信が確認できませんでした。直線距離80mのポイント4は直線の見通しさえ確保できていれば十分通信圏内であるため、通信できなくなったのは80mという距離ではなく、定点との見通しが確保できなくなったことが原因と考えられます。

また同様に、通信可能だったポイント15からさらに離れたポイント14では通信が確認できませんでした。こちらも定点との見通しが確保できなくなったことが原因と考えられます。

Case③まとめ

  • 見通しが確保できたポイント(5, 6, 7, 8, 15, 22)では通信が確認できたが、見通しが確保できないポイントでは全く通信を確認できなかった。
  • LE Coded PHYの性能として、ビルや建物の裏側にも電波が回折して届くことを期待したが、見通しが確保できないポイントとは通信することができなかった。
  • 他のシチュエーションにおいても、障害物がある条件下ではLE Coded PHYを用いても安定した通信が望めない可能性がある。

Case④屋内での通信

屋内でも計測を行いました。屋内は屋外同様にBLEモジュールの利用が想定される環境の一つです。

壁を隔てた部屋と部屋の間では通信ができるのか、異なる階層ではどうか、その他さまざまな障害物が想定される屋内環境における通信への影響を確認しました。

Case④計測場所

オフィス2階の端に定点を設定。同じ2階フロアー内に3ヶ所、1つ階段を降りた1階フロアーに3ヶ所の観測点を設定し、定点間との通信可否を確認しました。

定点(×印)と各観測点間の通信可否を計測

Case④計測結果

観測ポイント(直線距離、階数)Write Command(kbps)Notification(kbps)
【参考】定点から1m地点39.539.5
①(13m、2階)27.425.0
(25m、2階)9.46.0
(38m、2階)3.43.5
(15m、1階)6.92.8
(26m、1階)
(40m、1階)
  • 同一階層のポイント①②③においては定点との通信が確認できました。ポイント③は壁を2枚隔てた場所でしたが、それでも安定した通信が確認できました。
  • ただし、距離が離れるほどスループットは低下しました。
  • 異なる階層間(1階と2階)ではスループットが激減する結果が得られました。ポイント④では通信確認こそできたものの、直線距離がほぼ変わらないポイント①と比較すると、スループットへの影響は顕著でした。これは壁よりも階層の方が遮蔽物としての影響が大きく、電波を通しにくいためと推測します。
  • 定点とは異なる階層で、且つ壁を隔てたポイント⑤と⑥では接続自体ができず、測定を行うことができませんでした。

Case⑤高層ビルの高層階と地上間での通信(地上18階高さ72m)

最後に、高さ方向(垂直方向)に距離を伸ばしたときの影響を確認するため、高層ビルの高層階(地上18階、高さ約72m)と地上との間で通信評価を行いました。

Case⑤計測場所

地上側(A点とする)は出来るだけビルの真下に設定し、高層階側(Y点とする)は窓にLINBLE-LR1(BLEモジュール)を貼り付けた状態で計測を行いました。

Case⑤計測結果

高層階Y点と地上A点との間で通信を確認することができました。通信距離は高層階の高さである約72mであり、通信成功率は100%でした。

なお、高層階側Y点のLINBLE-LR1を窓から1m、2mと遠ざけていくにつれ通信成功率が低下し、窓から3m離れた地点で全く通信ができなくなりました(注:各モジュールのセントラル/ペリフェラルの役割を入れ替えると通信成功率が若干変わる)。

このことから、LE Coded PHYの電波は直進性が強く、回折現象はあまり期待できないことがわかります。*Case③の結果を裏付ける結果となりました。

ちなみに、同様の評価を1M PHY、2M PHYでも行ったところ、どちらも通信確認はできませんでした。このことから、回折はあまり期待できないとしても、やはりLE Coded PHYのほうが長距離通信に適していることがわかります。

Case⑤追加計測

次に、高層階側Y点のLINBLE-LR1は窓際に固定したまま、地上側A点を動かし、「ビルの真下から少し離れた場所」でも通信できるか確認してみました。

ビルの真下から離れた場所でも通信できるか確認

結果、ビルの真下A点から直線距離86m離れたA1点(空間距離110m)では成功率100%、直線距離152m離れたA2点(空間距離170m)でも60%の成功率が確認できました。直線距離260m離れたA3点(空間距離268m)では通信を確認できませんでした。

地点(ビルの真下からの直線距離、高層階との空間距離)通信成功率
A1(86m、110m)100%
A2(152m、170m)60%
A3(260m、268m)0%

Case⑤まとめ

  • 地上18階の窓際にLINBLE-LR1を設置したY点とほぼビルの真下となる地上A点との間(直線距離でおよそ73m)で通信を確認することができた(成功率100%)。
  • ただし、Y点の位置を窓際から1m離すと成功率が若干低下し、3m離すと全く通信できなくなった。LE Coded PHYにおいても電波の回折はあまり期待できず、直進性が高いことがわかる。
  • Y点は窓際に固定したまま、A点を平面方向に移動させると、ビルから86m離れたA1点(空間距離110m)では成功率100%、152m離れたA2点(空間距離170m)でも60%の成功率が確認できた。

LE Coded PHY通信距離性能まとめ

  • 電波出力値が同じ場合、通信距離は2M PHY < 1M PHY < Coded PHYの順に長くなる。
  • PHYが同じ場合、電波出力値が大きいほど通信距離が長くなる。
  • 見通しが確保できている場合でも、電波の反射物の有無や周辺環境によって通信距離が変わることがある。
  • デバイス間の直線距離の長短に関わらず、ビルや建物、室内の壁などがあると電波が遮られ、通信が安定しないことがある。
  • LE Coded PHYを用いても、電波の直進性は高く、障害物を回り込むような回折効果はあまり期待できない。(LE Coded PHYでもBluetoothの直進性が変わるわけではない)

以上のまとめから、LE Coded PHYはClassic Class1モジュールより通信距離性能が飛躍的に向上しているものの、あらゆる環境で長距離通信が期待できるわけではありません。

同じような環境に思えても、ちょっとした環境の違いが通信距離に影響を及ぼす可能性があります。よって無線デバイス開発においては、実際にデバイスが利用されるシチュエーションを想定し、できる限りそのシチュエーションに近い環境下で通信評価を行うことが重要です。

評価方法・条件

今回行った評価の方法や条件は下記の通りです。なお、各評価ごとにパラメータや条件を適宜変更しています。
詳しい手順や条件をご希望の方はムセンコネクトまでお問い合わせください。

評価基準

成功基準は以下を満たして1回の成功とする。

  • Centralから接続試行(BTC コマンド)して、接続応答(CONN)が返ってくること
  • CentralからPeripheralへデータ送信(1byte)が可能なこと
  • PeripheralからCentralへデータ送信(1byte)が可能なこと

評価パラメータ

評価毎のPHYの設定以外は、以下の通り共通とする。

  • Advertise Interval:初期値(100ms)
  • Scan Interval:初期値(100ms)
  • Scan Window:初期値(50ms)
  • Tx Power:初期値(LINBLE-LR1/+8dBm,LINBLE-Z1/+4dBm,ZEAL-S01/+17dBm)
    *行う評価目的によって異なる。

評価手順

定点から離れた所定のポイント(観測点)において、以下の手順で実施する。

  1. アンテナのZ軸を向けて測定を行う
  2. Peripheral/Slave側は0メートル地点(定点)でAdvertising/Inquiry Scanを動作させておく
  3. Central/Master側は各地点で接続・データ送受信を複数回行う(回数は評価目的によって10回や50回など異なる)。
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