ディスプレイ開発一筋30年のエンジニア達が果敢に挑む新事業Bluetoothデバイス開発、イノラックスジャパン株式会社様の受託開発事例
こんにちは、ムセンコネクトCEOの水野です。
今回はムセンコネクトに受託開発をご依頼いただいたイノラックスジャパン株式会社様の導入事例インタビューをお届けしたいと思います。
今回お話を伺ったのは、Bluetooth通信機能を搭載した『物流用センサータグ』の開発をご担当されているイノラックスジャパン株式会社 室長・技術部長の中川 卓宣氏、技術課長の鵜川 雄成氏、リーダーの西本 正人氏、技術課長の尾嵜 義忠氏、セクションマネージャーの柴﨑 稔氏、以上の皆さまです。
ムセンコネクトへBLEデバイスのファームウェア開発をご依頼いただくまでの経緯や、本開発テーマに懸ける想いをお話していただきました。
イノラックスジャパン株式会社とは?
イノラックスジャパン株式会社は世界的な液晶パネル製造メーカーであるイノラックス株式会社(台湾、フォックスコングループ)の日本法人です。2017年12月、『イノラックスジャパン株式会社』は『イノラックステクノロジージャパン株式会社』と統合して、川崎本社、神戸事業所として新たにスタートしました。
アクティブマトリックス駆動方式*1の液晶ディスプレイとして、車載用、航空機用、医療用、産業用など各種用途に応じた製品を開発、製造、販売しています。2021年より日本法人独自事業として、アクティブマトリックス駆動方式を採用したminiLEDディスプレイの販売やFHEセンサータグの開発、製造、販売を開始しています。
*1)液晶パネルや有機ELパネルの駆動方式の一つで、各画素ごとにアクティブ素子を配置したもの
『物流用センサータグ』とは?
『物流用センサータグ』は薄型軽量、フレキシブルな特長を持ちながら、温度・湿度・加速度などのセンシングデータをロギング(センシングデータを一定の形式で時系列に記録・蓄積)し、ディスプレイに表示したり、Bluetooth接続された端末に転送する機能を有します。その他、光、におい、ガスのセンシングなど多彩な場面に適用が可能です。
また、二次電池の採用により、繰り返し充電することができ(USBケーブル接続充電および近接無線充電にも対応)、使用方法によっては、取材日時点で最大10日間連続駆動を実現しています。
そして、安価な基板材料や印刷のみのパターン形成により、従来技術と比べて低コストなセンサータグを実現しました。さらに、印刷のみのパターン形成は従来必要であった現像、エッチング、めっき、洗浄といったウェットプロセスがなく、環境にやさしいSDGsに即したモノづくりとなっています。
センサータグは物流品と一緒に搭載することで格段に多い情報量を扱えるようになります。物流品の異常もリアルタイムに検知できるようになるため、食品や薬品といった輸送品の品質管理への活用が期待されています。
『物流用センサータグ』開発の経緯とそれに懸ける想い
まず始めに『物流用センサータグ』開発の全体統括を務める中川氏とプロジェクト立ち上げ当初から参画されている鵜川氏からお話を伺いました。
-- 今回『物流センサータグ』を開発するに至った背景・経緯について教えてください。
中川氏)
まずは我々の立ち位置と背景についてご説明します。
イノラックスジャパンは台湾が本社のイノラックスにおける『ディスプレイ技術開発拠点、航空機用ディスプレイ製品開発拠点』および『日本顧客のサポート拠点』として、成り立っています。一方、日本法人単体でみた時に、本社から技術開発の対価として収益を上げるという、言わばコストセンターの様な立ち位置になります。
つまり、イノラックスジャパン単体として事業を継続していく上では、本社依存性が高いというリスク環境を変えないといけませんでした。そこで、「イノラックスジャパン独自事業の第一号を立ち上げる」という使命の下、2017年から新事業を模索し始めました。
元々、イノラックスジャパンのディスプレイ技術では薄膜トランジスタ*2を応用しているため、薄膜の配線技術に長けていました。そこで、ディスプレイ以外の領域で、同じく薄膜の配線技術を必要とするフレキシブルハイブリッドエレクトロニクス*3(Flexible Hybrid Electronics、FHEとも略す。)の領域に着目しました。加えて、このFHE技術では、レジストを使わず工程の簡略化、削減が可能なため、既存技術と比較した際の設備投資の負担を圧倒的に抑えることができます。低コストで作れる点も、当時着目した大きな理由の一つです。
*2)ガラス基板上にアモルファスシリコンなどで構成された薄型のトランジスタのこと
*3)既存の半導体やセンサと、プリンテッドエレクトロニクスなどの技術との組み合わせにより、システムを構成する技術のこと
実際の取り組みとしては、当時からプリンテッドエレクトロニクス技術で第一線を走っていた山形大学 時任研究室との共同研究が2018年からスタートし、まずは鵜川が米沢へ駐在しました。その後、イノラックスジャパン独自プロダクトを作るべく、派遣メンバーを増やして最大3名が山形大学へ駐在・長期出張をし、丸三年かけて研究開発が続けられました。
そして、その努力が実を結び、2021年より日本法人独自事業として、物流用センサータグの開発、製造、販売を開始するに至りました。
-- プロジェクトスタート当時のご苦労や担当者としての想いについて教えてください。
鵜川氏)
元々、ディスプレイエンジニアとして二十数年過ごしてきましたが、今回挑戦したFHE分野は全く異分野の技術領域だったことが逆に、個人的には大きな魅力を感じました。当初プロジェクトの話をもらった時は二つ返事で山形への駐在を決めました。山形大学で企業研究員になってからは、充実した研究環境の中、ずっと研究に没頭していました。
現在は、物流用センサータグとして洗練されたものに仕上がってきてはいるものの、当時はまず、山形大学が作ったFHEデバイスを真似てつくることから研究が始まりました。
当時のFHEデバイスのプロセスには多くの課題がありましたが、元々のディスプレイ技術で培った設計技術等を応用し、解決を繰り返すことで、結果的には回路構成や製造プロセスを独自のものにブラッシュアップさせ、性能を向上させてカタチにすることに成功しました。
なぜ、全くの異分野に挑戦することができたのか?そのモチベーションは?
次に、難しいと分かっている領域に敢えて挑戦することができたのはなぜか、そのモチベーションについて西本氏、尾嵜氏からお話を伺いました。
-- 皆さんのモチベーションについて教えてください。
西本氏)
私は元々、液晶パネル開発の最初の時期から事業に携わっていましたが、過去を振り返ると、競合他社がどんどん現れ、苦戦したビジネスが多く、買収などの事業再編も経験しました。だからこそ、日本独自のプロダクトを自らが立ち上げて、まだまだ世の中にない技術領域で成功したいという想いが、異分野へ挑戦するモチベーションになっています。
尾嵜氏)
私が入社した時期は、既に液晶パネル技術がある程度確立されていました。その当時は先輩方をみて、立ち上げ時期を経験することへの羨ましさを感じている部分がどこかにあったと感じています。だからこそ、今はその創成期のチャンスが私にきたと思えています。今から新しい業界が立ち上がるかもしれない、それほどに将来性のある領域だと期待している中で、そこに一人のエンジニアとして参画出来ることが、私が難しいことに挑戦する大きな原動力になっています。
ムセンコネクトへ依頼の決め手は『コミュニケーションの密度』『技術力』『期待を上回る提案力』
次に『物流用センサータグ』開発が軌道に乗り始めてから直面した課題や、ムセンコネクトとの出会いについて柴﨑氏からお話を伺いました。
-- ムセンコネクトに依頼する前のご状況やその経緯について教えてください。
柴﨑氏)
当時から、センサータグの大きな課題として省電力化があがっていました。それこそ、最初は20分程度しか電池が持たなくて、正直、プロダクトとしては全く成立していませんでした。長年液晶パネルの技術者だったこともあり、当初はBluetoothのデバイスはもとより、物流用センサータグのファームウェアについては重要視していませんでしたが、徐々にファームウェアの重要性が認識できてきて、そこで初めて外部の開発会社に外注をしてファームウェア開発を進めました。
外部の開発会社のお陰もあり、電池の持ちは当初の20分間から20時間へと60倍も向上することができました。とはいえ、物流用センサータグの用途を考えると、少なくとも一週間程度の電池の持ちを実現する必要があり、まだまだ実用性を兼ね備えた省電力化にはほど遠い状態が続きました。自分たちなりに調べてみるともっと省電力化を目指していけるはずなのに、外部の開発会社ではそこに行き着けないというジレンマに陥っていました。
そこで更なる省電力化を実現するために、Nordic Semiconductor(以下、Nordic)のSoCの使用方法に長けたファームウェア開発会社でないと問題点の解決に至らないと判断し、調査をしていたところ偶然、Nordic IC搭載のBLEモジュールを販売している太陽誘電株式会社のソフトパートナーの中にムセンコネクトを見つけました。
正直なところ、お問い合わせした段階では期待半分、不安半分でしたが、すぐに連絡があり、ムセンコネクトと話し合った結果、既存のファームウェアのソースコードをムセンコネクトに見てもらい、考えられる省電力化への提案をまとめてもらうことになりました。
すると、ムセンコネクトが自分たちで作ったファームウェアではないにも関わらず、短期間でソースコードを読み解き、すぐにいくつかの問題提起を含めた提案と、実際の測定結果を併せたレポートを提示してくれました。これには非常に感動しましたし、そのレポートをキッカケに目の前の道が開けた感覚を持ちました。
実際にムセンコネクトの提案をイノラックスジャパン側でも試した結果、省電力化の効果を確認することができました。その提案を基に、既存ファームウェアの改善を行った結果、20時間が120時間と更に6倍も電池の持ちが向上しました。
このような過程を経てムセンコネクトにファームウェア開発を依頼することになりましたが、その中でも、ムセンコネクトを選ぶ決め手となったポイントは大きく3つありました。
1点目は『コミュニケーションの密度』です。最近はリモートワークなどが増え、担当者間のコミュニケーションにも色々な制約が生まれている中でも、ムセンコネクトはあらゆる手段を活用してこまめな報告・連絡をしてくれたので、すぐに信頼をおくことができました。
2点目は『技術力』です。先述した通り、限られた時間内でプログラムを読み解き、解決に導く力を目の当たりにしました。また、Nordic ICを搭載したBLEモジュールの扱いに慣れていることもあり、BLEデバイスを製品化する上で必要な技術力があることを確信しました。
3点目は『期待を上回る提案力』です。省電力化について、我々がもう下がらないと諦めていたスケールに対して、ムセンコネクトは非常に低い電流値を示してくれました。実際、ムセンコネクトさんオリジナルで試作していただいたファームウェアでデバイスを動作させ駆動時間を試算してみると、二週間ほど動作可能であることが分かりました。また、低消費電力化に関して駆動回路も新たに提案していただき、一カ月動作の可能性も出てきました。解決策も含め将来の更なる省電力化への可能性を示してくれたのはよかったです。
教えて下さい!「他の会社にムセンコネクトをお薦めしたい点は?」
柴﨑氏)
『ムセンコネクト三浦』を占有したいので、誰にも教えたくありません(笑)
Nordic ICの理解度やBLEモジュールの取扱いに長けている上に、Bluetoothデバイスとして駆動させられるスキルが魅力だと思っています。我々は薄型・軽量のデバイスを目指しているため、省電力化が非常に重要になります。よって、『電力コントロールを必要としたBluetoothデバイス』のモノづくりを目指している方々には是非お薦めしたい開発会社だと思います。
西本氏)
仕様書を一緒になって作ってくれる点は魅力だなと感じています。ある部分はムセンコネクトがリードして良い仕様書になるように提案したり、ある所ではこちら側の要望をヒアリングして、仕様書をつくりあげるスタンスがお気に入りです。
今後、ムセンコネクトに期待していることは?
中川氏)
今後は、ソフトウェアとハードウェアの両方が共に大事だと思っています。だからこそ、ハードウェアの回路設計、性能やユースケースを熟知した上での動作方法や動作環境のアドバイスを期待しています。
それ以外にも、海外電波法やBluetooth認証の登録代行などを相談したいと考えています。
美味いコーヒーで、皆をしあわせ一杯に
-- 最後に貴社の事業、製品について今後の展望を教えてください。
中川氏)
私の使命は、この物流センサータグを使ってイノラックスジャパンオリジナルのビジネスを立ち上げることです。少なくとも線路は引きたいと思っていますし、その実現を一日でも早く成し遂げたいと思っています。
鵜川氏)
私の好きなコーヒーで聞いた話があります。輸入して実際に販売しているコーヒーよりも、もっと多くのコーヒー豆を運んでいるものの、輸送途中の管理ができていない場合、廃棄せざるを得ないことがあるそうです。だからこそ、物流センサータグによる安全で安定した品質とトレーサビリティできる技術を世に広めることで、多くの方々の生活をより豊かに、そして美味いコーヒーをもっと多くの方々に届けることができるのではないかと、期待しております。
Bluetooth化のポイント
- Bluetoothデバイスの省電力化には、ファームウェア(ソフトウェア)の改善も有効であり、不可欠でもある。
- 省電力化に限らず、ICの性能を十分引き出すためには、ICの仕様や機能を熟知し、使いこなす必要がある。
インタビューを終えて
「なぜ、全くの新規事業に挑戦できたのか?」
インタビュー前、個人的に抱いていた疑問です。一経営者としての関心事でもありました。
今回お話を伺った皆さまは、ディスプレイ開発の第一線でご活躍をされているエンジニアですが、一緒に開発に取り組ませていただいている中で、Bluetoothのような「未知の分野」に対しても、前向きに、積極的にチャレンジされている様子を目の当たりにしてきました。
未知の分野であっても積極果敢に挑戦できるそのモチベーションはどこから来るのか?今回のインタビューを通じて、その疑問が解けました。
実際にお話を伺ってみて、新規事業を立ち上げ、軌道に乗せるという強い意志であったり、未知の技術に対する好奇心であったり、自らの手で新たなプロダクトを生み出してみたいという願望であったり、みなさんが抱くモチベーションはそれぞれ異なるものでしたが、事業に対する強い思いはみなさん同じで、ひしひしと伝わってくるものがありました。業界・分野を問わず、メーカーエンジニアの中にはこのような思いに共感される方も多いのではないでしょうか。私自身も大きな刺激を受けました。そんな素敵な方々と一緒に製品化を目指し、お仕事できていることに改めて感謝するばかりです。
これからもBluetoothに関連するご支援により、少しでもお客様の目標が実現できるパートナーとなれるよう精進してまいります。